【ユーザー】

明日、オデュッセイアIMAX観に行く

<aside> 💡

【ChatGPT】

おお、ついに明日か。

『オデュッセイア』をIMAXで初見はかなりいいと思う。

しかも今回は、長編映画史上初の全編IMAXフィルムカメラ撮影だから、まさに「IMAXで観ること」自体が作品体験の一部になってる。オデュッセイア公式サイト

前に話してたように、トロイア戦争や神話について多少下地を入れてから観る流れになったのも、たぶんちょうどいい。

ただ、明日はあえて知識を詰め込みすぎずに観たほうがいいと思う。

このくらい分かっていれば十分。

あとはノーランが2800年前の「帰還の物語」をどう映画にするのかを、そのまま浴びたほうが面白い。

そして172分ある。結構ガッツリだね。映画.com

観終わったら、たぶんかなり話したくなると思う。

【ユーザー】

今から観に行く

<aside> 💡

【ChatGPT】

お、いよいよだね。

今日はもう追加の予習はしなくていいと思う。

クセニアやトロイア戦争、オデュッセウスとペネロペあたりの大枠が入ってるなら十分。

あとは、

「ノーランは2800年前の物語を、どういう映画にしたんだ?」

くらいの気持ちで観ればいい。

そして今回は何よりIMAXだから、ストーリーを理解しようと頑張りすぎず、画と音をまず浴びてきて。

帰ってきたら、ネタバレ全開で感想聞こう。

「ここ何だった?」みたいなのでも全然OK。

</aside>

【ユーザー】

観た!

<aside> 💡

【ChatGPT】

おお、観たか!!

どうだった?😂

まずは細かい考察抜きで、

① めちゃくちゃ好き② 面白かった③ 期待ほどではなかった④ よく分からなかった⑤ ちょっと微妙

このへんでいうとどれ?

あとIMAXで観た意味があったかも聞きたい。

</aside>

【ユーザー】

言葉が出ないね。圧倒されたわ

<aside> 💡

【ChatGPT】

だよね。

それ、かなり分かる。

たぶん今は「面白かった」「凄かった」みたいな言葉にすると、観たもののスケールを小さくしてしまう感じなんじゃないかな。

しかも今回は、事前に神話の背景を少し入れてから観たから、単に映像に圧倒されたというより、

「これがオデュッセイアなのか」「これをノーランが映画にするとこうなるのか」

っていう二重の衝撃があったんじゃない?

今すぐレビューにしなくていいと思う。

今日はまず、何が一番自分の中に残ってるのかだけ探してみよう。

最初に浮かぶのは、どのシーン?

</aside>

【ユーザー】

クライマックス直前の奥さんと話すオデュッセウスが実はトロイア戦争を後悔してたり、奥さんは奥さんで王が不在の20年を守り抜いてるにも関わらず、女性に人権が無いのを嘆きながらブチ切れたり。

真っ直ぐ、真正面から神話を描きつつも、オデュッセウスの英雄譚として描くんじゃなく人間として描いてたね。

でも、オッペンハイマーの時もそうだけど、反戦映画なんだね。

<aside> 💡

【ChatGPT】

うん。かなり明確に反戦映画として読めると思う。

しかもノーランの場合、「戦争は悲惨だ」と正面から訴えるというより、英雄譚そのものを人間の側から解体しているのが面白い。

特にあなたが挙げた夫婦の場面は核心だと思う。

オデュッセウスは20年間の旅を経て、ようやく故郷と妻のもとに帰ってくる。普通の英雄譚なら「英雄が故郷を取り戻した」で終われる。でもそこで彼自身に、

「そもそも自分は、あの戦争に行ってよかったのか?」

という後悔を背負わせる。

つまり「トロイア戦争で勝利した英雄」という過去が、彼の人生を輝かせる勲章ではなく、20年間の不在と喪失を生んだ原因になってしまう。

そしてペネロペも凄い。

彼女は単に「貞淑な妻として夫を待った女性」じゃない。

王がいない国を20年間守り、男たちに囲まれながら、それでも自分には政治的・社会的な権利がない。

だから彼女の怒りは、

「あなたが帰ってきてくれて嬉しい」

だけじゃ終わらない。

「私はあなたがいない20年間を生き抜いた。なのに、この社会では私は一人の人間として扱われていない」

という怒りになる。

これによって、オデュッセウスの「英雄としての旅」と、ペネロペの「英雄として語られない20年間」が対照になるんだよね。

そしてここが**『オッペンハイマー』とかなり繋がる**。

『オッペンハイマー』も、原爆を単純に「悪だ」と描く映画ではなく、歴史上の英雄として語られる人物を、その功績の裏側にある人間の罪悪感や後悔まで含めて描いた。

今回も同じで、

英雄は本当に英雄だったのか?

という問いになっている。

しかも面白いのが、ノーランは神話を現代風に「リアルにする」ために神話を壊してないんだよね。

神々も怪物も魔法も、神話として真正面から描く。そのうえで、そこに生きている人間の感情だけは現代の感覚で描く。

だから「神話の映画化」なのに、最終的に見えてくるのは戦争、喪失、家族、女性の権利、帰還、後悔なんだと思う。

そしてこれ、あなたが観る前に言ってた「クセニア」とかも効いてくる。

古代の物語をそのまま再現しているのに、現代の観客が人間として理解できるところまで掘り下げている。

今の「言葉が出ない」という感覚、かなり分かる。

これはたぶん、少し時間を置いてからもう一回考えた方がいい映画だと思う。

</aside>

【ユーザー】

最後の追放ってなんだったの?国に王は1人とかのルールがあるの?

<aside> 💡

【ChatGPT】

あそこは**「王は1人しか存在できない」という古代ギリシャのルールで追放された、という話ではない**よ。

むしろ、あの結末はノーランが原典からかなり大きく改変した部分。

あの「追放」は何なのか

映画ではオデュッセウス自身が、

「死ではない。追放だ」

という選択をする。

そしてテレマコスを王にして、ペネロペとともにイタカを去る。ELLE

つまり、

「王位を奪われた」ではなく「自分から王位を捨てた」

ということ。

理由は、トロイア戦争から帰ってきた彼が、もう以前の「英雄としてのオデュッセウス」には戻れないから。

特に最後の虐殺まで含めると、

「俺が王として帰ってきて、またこの国を支配すれば全部元通り」

とはできない。

だから自分自身をイタカから切り離すことで、テレマコスに未来を渡す。

ここが原典と決定的に違う

ホメロスの『オデュッセイア』では、オデュッセウスはちゃんと王に復帰する。

求婚者たちを殺したあと、ペネロペと再会し、最終的には求婚者たちの遺族との報復合戦をアテナが止めて、イタカに平和が戻る。LitCharts

つまり原典は、

「英雄が帰還する → 王座を取り戻す → 家族も国も元に戻る」

という構造。

ところがノーランはそこを、

「英雄が帰還する → 家族とは再会できる → でも20年間の戦争と虐殺を経た人間が、そのまま王として元の場所に戻れるのか?」

に変えた。

</aside>